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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2885号 判決 1962年5月02日

控訴人(被告) 静岡地方法務局長

被控訴人(原告) 茶業資材販売株式会社

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに書証の提出及びその認否は、双方訴訟代理人において以下のとおり付加したほかは原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

一、被控訴人訴訟代理人の付加した陳述。

「民事訴訟法第七百五十八条第三項が同法第七百五十一条を準用して観念的権利関係についての仮処分(現実的権利関係としての占有等用益関係についての仮処分に非ざる仮処分)につき登記嘱託を規定したのは不動産の権利関係に一般的に制約が加えられた場合はその旨を登記簿に公示し、もつて、仮処分債権者の利益はもとより、第三者が不測の損害を蒙ることを防止しようとする趣旨によるものである。

およそ一般的に、作為禁止の仮処分(占有移転禁止、譲渡禁止、登記禁止等)においても、その執行は、可能な限り公示手段(執行吏のなす公示札の掲示、封印、占有移転等、又は登記の如し)を執るべきであつて、単に債務者に対する送達のみをもつて執行とするが如きは、やむを得ざる場合の他避くべきである。けだし、然らざれば送達が執行となつて第三者はこれを知るに由なく、不測の損害を受けるおそれが多大にあるのみならず、執行力の実効がなく、仮処分は殆んどその実効を失うに至るからである。

よつて、右の見地からも前示民訴法第七百五十八条第三項の適用についても、仮処分により不動産の権利関係に制約が加えられた以上仮処分債務者に対する送達のみで充分であるとの特段の事情のない限り、仮処分の執行には公示手段としての登記を要すると解すべく従つて本件仮処分の登記のための嘱託はなされるべきと解すべきである。」

二、控訴人訴訟代理人の付加した陳述。

(一)  裁判所が仮登記に基づく本登記を禁止する仮処分をしたとしてもその仮処分の登記簿記入はこれを嘱託すべき旨の規定が存しないのであるからこれが嘱託を為し得ないものというべきである。民事訴訟法第七百五十八条第三項の規定は、裁判所が不動産に関して譲渡、抵当又はその他の処分(規定上は譲渡又は抵当の処分を規定しているが、かかる仮処分の登記簿記入を許す実質的な趣旨から、他の処分例えば質権設定、賃借権設定等の処分を含むものとされている。)を禁止する仮処分を為した場合にその登記簿への記入を嘱託すべきものとしているのであつて、同条は勿論他にかような処分禁止以外の仮処分を為した場合にその登記簿記入を嘱託する旨の明文は存しないのである。

本登記の申請は既に生じた物権変動についての対抗要件を具備するために登記所に対して物権変動の当事者の為す意思表示であつて、かかる意思表示は、物権変動を生ぜしめるものではないからかような意思表示の禁止は、前述の禁止に該当しない、従つて嘱託により登記簿にこれを記入できる旨の規定が存しないものということができる。

(二)  登記の許容される事項は他に特別の規定のない限り不動産登記法第一条に規定されている登記すべき権利の得喪変更に限るのである。けだし登記が物権変動の対抗要件であるという性質に鑑み、対抗要件としての意義の存しない事項の登記は、無意味であるからである。ところが仮登記に基く本登記は既に有効に成立した権利変動の対抗要件として為されるに過ぎないものであつて、登記すべき権利の得喪変更には当らないのであるから、仮登記に基く本登記の申請を禁止する本件仮処分も登記すべき権利の得喪変更の制限には当らない。従つてその登記簿記入を求める本件登記嘱託は受理すべきものではない。

理由

被控訴人主張の不動産につきその主張のような仮登記があること、被控訴人がその主張のような理由で静岡地方裁判所に訴外三河盛及び三河多賀次を仮処分債務者とする仮処分の申立をなし、同庁昭和三十三年(ヨ)第二二九号仮処分事件において同年十月十一日付で「被申請人三河盛は別紙物件目録記載の物件(当裁判所の註、被控訴人主張の物件)につき静岡地方法務局金谷出張所受付第二四六〇号をもつてなした昭和三十二年十二月二十六日付消費貸借による債務金八十万円を弁済しないときは所有権を移転する旨の停止条件付代物弁済契約による所有権移転請求権保全仮登記について被申請人三河多賀次に対する所有権移転本登記手続その他一切の処分をしてはならない、被申請人三河多賀次は右物件につき右所有権移転請求権保全仮登記について所有権移転本登記手続又は右仮登記移転付記登記手続その他一切の処分をしてはならない」との仮処分決定を受けたこと及び右仮処分に基く登記の嘱託がなされたところ、これを受けた静岡地方法務局金谷出張所登記官吏においてこれに応じなかつたことは、当事者間に争がない。

被控訴人は右のような本登記禁止の仮処分も許さるべきであり、その登記の嘱託を受けた登記官吏はこれを拒否することができないと主張する。

(右のような仮処分は許されるか)

裁判所はその自由な裁量により仮処分申立の目的を達するに必要な処分を定めるのであつてその内容は限定されていない(民事訴訟法第七五八条第一項)。従つて裁判所は仮登記に基く本登記の登記権利者及び義務者が仮処分債務者である場合に、これらの者に対し仮登記に基く本登記の申請手続をなすことを禁止する仮処分を命ずることも、それが保全のため必要である限り、これをなすことができる。かような仮処分があつたときは仮処分債務者はその仮処分決定の趣旨に従い仮登記に基く本登記の申請をしてはならない不作為義務を課せられたことになる。しかしながらかような仮処分が有効であるということと、かような禁止は登記簿に記入できるか否かとは別の問題である。

(仮登記に基く本登記の禁止は登記簿に記入できるか)

不動産登記法第一条によれば、登記すべき事項は不動産に関する権利の処分の制限その他に限られており、同条に該当しない事項は特にこれを許す法令上の根拠がない限り登記できない。そして同条に定める実体上の権利変動を離れて単に登記だけの禁止の登記簿記入を許した明文の規定は存在しない。民事訴訟法第七五八条第一項は仮処分の方法を裁判所の自由裁量に委せてはいるが、登記簿記入を嘱託できる事項は同条第三項に「不動産ヲ譲渡シ又ハ抵当トナスコトヲ禁シタルトキ」と定めているに過ぎないので、右規定が特に不動産登記法第一条の定める登記事項の範囲を拡張して処分の制限以外の事項でも無制限に登記簿記入を許した趣旨とは解せられない。従つて仮処分により登記簿に禁止の記入ができるのは、右不動産登記法第一条にいう「処分ノ制限」に該る場合に限るものと解すべきである。本件のように、実体上の権利の処分の禁止をなすのではなく、仮登記に基く本登記を禁止し又は仮登記についての移転登記の禁止をなすことは「処分の制限」に該当しない。これを不動産登記法第一条にいう「分ノ制限」に該ると解することは、字義の上からは困難といわなければならない。

被控訴人引用に係る大正四年二月二十日付法務局長回答が所有権移転登記をなすことを禁止する仮処分の登記嘱託を受理すべきものとしているのも不動産登記法第一条に定める実体上の権利変動を離れて単に登記だけの禁止の登記簿記入をなし得べきものとしている点において同条の趣旨に遠ざかるものといわなければならない。

(登記の禁止は実質上不動産処分の効力を弱めるから処分の制限に含まれる旨の被控訴人の主張について)

登記の禁止は、もしそれが許されるとすればその事実上の結果として物権変動の効力を弱めることになることは所論のとおりであるが、それは結果論であり、かような登記の禁止が登記事項として許されるか否かを決するためにはこのような結果を離れて登記の禁止が不動産登記法第一条にいう不動産に関する権利の処分の制限に該当するか否かを先ず定めなければならない。物権変動の効力を事実上弱めることになるような事由は登記の禁止だけに限らず事実上又は法律上幾多想定できるのであつて、それらの事項が登記できるか否かはその各箇の場合毎にそれが不動産登記法その他法令に定める登記事由に該当するか否かを検討考慮の上定めなければならない。たまたまその登記が許されると仮定すれば不動産処分の効力が事実上弱められることになる筈であるということを理由として逆にそれらの事項は不動産登記法第一条にいう権利の処分の制限に該当すると結論することは誤である。

(債権者保護の必要ということについて)

仮登記の登記原因たる処分行為が無効又は取消し得べき場合のうちその事由が通謀虚偽表示等によるときのように無効等を善意の第三者に対抗できない場合には、仮登記に基く本登記後本登記を経た者からその権利が善意の第三者に譲渡された後はもはやその権利を回復できなくなることは被控訴人主張のとおりである。そしてこれを防ぐため仮登記権利者に対し本登記を経由するのを待つてその権利の処分禁止の仮処分を受けようとしても、かような場合に本登記を経由した者がその後直ちに善意の第三者に権利を譲渡して移転登記を経由する事例の尠くない実情の下では債権者は右のような仮処分により権利を保全する時間的余裕を有しない場合が多いことも充分理解できることである。それで被控訴人は、かような場合には仮登記に基く本登記を禁止しなければ救済の途がないことを主張してかような禁止の登記簿記入を認むべき一論拠としているけれども、それは結局現行登記制度の欠陥を主張するものであつて、解釈論としては、かような理由だけで本来不動産登記法その他の法令上登記の途のない禁止の登記がこの場合に限り許されるものと解することはできない。

のみならず仮登記の登記原因が無効な場合にはその仮登記名義人に対し仮登記の抹消登記の請求をなすことができるものと解すべきであり、かような場合にその抹消登記につき登記義務者が協力を拒むときは抹消登記の仮登記をなす途もあるものと解せられるから(これは仮登記の仮登記ではなく抹消登記という本登記の仮登記である。)、被控訴人の指摘する場合においても債権者保護の途が全く存在しないものともいえない。この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

被控訴人は本件登記禁止の仮処分は前提たる権利の処分禁止の仮処分を含む趣旨であるから、その趣旨の登記嘱託があつたものとして登記簿記入をなすべきであると主張する。

登記された実体上の権利の処分の禁止とその登記の禁止とは別個の観念であり、前掲仮処分が仮登記自体につき本登記その他の処分を禁止するという趣旨であつて、その前提たる権利変動を禁止する趣旨でないことは、その文理上から明らかであるばかりでなく、右仮処分の申請人であつた被控訴人が本訴において仮処分の登記原因たる実体上の権利変動の無効又は取消を善意の第三者に対抗するためには仮処分により実体上の権利の処分を禁止することによつては目的を達せずあくまで仮登記に基く本登記そのものを禁止しなければならないとの趣旨の主張をなしている点から見ても、被控訴人の申請を容れてなされた本件仮処分が実体上の権利関係を別にして登記のみにつき仮登記に基く本登記を禁止する趣旨であつたことは明らかというべきである。

被控訴人は、本件仮処分の内少くともその他一切の処分を禁止するという部分は登記せらるべきであると主張するけれども右被控訴人指摘の部分も権利変動の実体を別にして登記だけについて禁止を命ずる趣旨であることは前同様仮処分決定の文理その他により明らかというべきである。従つてその登記嘱託を受けた登記官吏において実体上の権利の処分禁止の登記簿記入をなすことは嘱託の趣旨に反するものというべきであり、本件仮処分はその禁止を登記簿に記入する余地がないものといわなければならない。

以上説示したとおり本件仮処分による登記の禁止は登記簿記入のできないものであるから、その登記の嘱託に応じなかつた登記官吏の処置に対する被控訴人の異議申立を棄却した控訴人の決定は適法であり、その取消を求める被控訴人の本件請求は理由がない。よつてこれを認容した原判決を取消し、右請求を棄却すべきものとし、民事訴訟法第九十六条、第八十九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 賀集唱)

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